【やっこさんの住む家】
inaka

おじいちゃんの家には毎年お盆に行っていましたが、 今年は父の仕事の関係上八月のはじめの土曜に行く事になりました。
いつもはみんなで行くのですが、今回は父と二人だけで行くことに。

夜8時に出発し、朝6時くらいにおじいちゃんの家に到着しました。
それから夕方くらいまでおじいちゃんの家でスイカを食べたり、虫とりをして遊んだりしました。

夕方になって雨が降り出しました。 激しい雨でした。
夜8時、雨もすっかり止みそろそろ帰ろうかという時になって、 近所の人が帰り道である道路ががけ崩れで通れないということを伝えに来ました。


それから父とおじいちゃんは話し合い、私はおじいちゃんの家に残ることになり、 後から父が迎えに来るということになりました。
おじいちゃんは私を泊めることを渋っていたようでした。 

私は正直わくわくしていました。
おじいちゃんの家に泊まるのは初めてだったし、 あまり慣れぬ土地で過ごすことがまるで旅行のように感ぜられたからです。

9時頃寝ようとしたらおじいちゃんが 「話がある」と言い私を居間に呼びました。
おじいちゃんはちょっと怖いような、穏やかな表情で話し始めました。

「うちにはな【やっこさん】っち言う人じゃないもんがおるんよ。
やっこさんはなずっと昔からこの家に住んどう守り神みたいなモンや。
住みついた家を火事や病気から守ってくれる。
でもな、こいつは必ずしも良い奴というワケやない。時に人へ悪さすることがある。」

そう言っておじいちゃんは少しの間沈黙しました。
そして私が怖がっている事を表情から読み取ったのでしょう。
「でも怖がる事はない。今から俺の言う事を守ればやっこさんはお前に悪させん。」

おじいちゃんが言った守ることは
・夜中あまり寝室からは出ない
・もしやっこさんに会ってもやっこさんの方を見ない。もしくは目を瞑ってやっこさんがいなくなるのを待つ
・やっこさんがいる間は、やっこさんについて考えてはならない
・どうしてもやっこさんのことを考えてしまう場合は、死んだおばあちゃんのことを思い出す。

私はあまり難しくないおじいちゃんの言いつけに安心していました。
そしてやっこさんはどんな姿をしているのかを考えました。
私はやっこさんという名前からトトロに出てくる「まっくろくろすけ」を想像しました。

なんとも可愛らしい想像に、私はやっこさんに会いたくなりましたが、 おじいちゃんの言いつけは守る事にしました。
その後私はすぐ眠りにつきました。
目覚めたときはもう朝で、父がおじいちゃんの家を出る少し前でした。

私は、また虫とりや探険なんぞをして遊んでいました。
近所の数少ない子供とも友達になりました。
そうして、私は夏休みを満喫していて、特に何事もなく3日を過ごしていました。

4日目の真夜中、なぜか目が覚めてしまいました。
妙に目が冴えており少し尿意がありました。
私は布団から出て蚊帳をもぐり便所に向かいました。

その時の私はやっこさんの事やおじいちゃんの言いつけを忘れていました。
きぃ、きぃと床の軋む音が心地良かったです。
用を足し戻る時「それ」はいました。

姿を見たわけではありませんが、確かに「それ」はいると分かりました。

私はすぐにおじいちゃんの言いつけを思い出し、それを見ない事にしました。
それはゆっくりと移動していました。
不意にそれは視界の隅に入ってしましました。

恐らく私の身長くらいでしょう。黒いうねっとした塊がゆっくりと動いています。
「まっくろくろすけ」なんて可愛いものではありません。
私は悪寒を感じました。

そして、それはすえた臭いを放っていました。
私は必死に目をつむりそれがいなくなるのを待ち、 頭にそれが浮かんでこないよう懸命になりました。

しかし、それが放つすえた臭いでどうしてもそれの存在が頭にへばり付いて離れません。 私はおばあちゃんの事を考えました。 おばあちゃんの事を考えると何故かそれから思考を逸らす事が出来ました。

そうしている内にそれは結構遠ざかっていった様に思えました。
そして私は何を思ったのか恐らく奇態なモノへの好奇心でしょう、薄眼でそれを見てしまいました。 黒いうねうねとした塊でした。
それが廊下の壁を舐めるように移動していました。

私がその奇妙な塊に目を奪われ放心していると、 その黒い塊のと目が合ってしまいました。 黒い塊は移動を止め、ゆっくりとこちらへ引き返して来たのです。
私はそれがこちらに向かってくる恐怖で我に返り、急いで寝室へと逃げました。
逃げている最中に塊から「うぁ、うぁ」という呻きなのか何なのか分からない音がしました。

寝室の前まで来て、私は寝室に入ろうと戸に手を掛けました。
ねちゃっという嫌な感触がありました。 前には黒い塊がありました。
どうやら私は寝室へ逃げていたのではなく、 黒い塊の方へ誘われていたようです。
そこで私の記憶は途切れています。

朝私はきちんと寝室で寝ていました。
おじいちゃんに夜中あった事を話しました。
おじいちゃんは怖い形相になり私の目を覗き込みました。

「大丈夫やったんか?なんともないか?」 と聞かれました。
私は「大丈夫だと思う」と言うとおじいちゃんはとても安堵した表情で言いました。
「良かった。本当に良かった。ばあさんがお前を助けてくれたんかもしれん。」

やっこさんと目が合い魅入られてしまうと狂ってしまうそうです。
なんでも虫の代わりに人間の精神みたいなモノが食われるのだそうです。

私はその日のうちに家に帰され、 それから二度とおじいちゃんの家には泊めてもらえませんでした。

後から聞いた話なのですが、 昔村の田んぼの害虫を食べてくれる神様がいたそうです。 その神様は村の人々にとても崇拝されており、 村人は毎月感謝と畏敬のしるしとしてお供え物を捧げていたそうです。

しかしある日、村人の一人が自分の田んぼが獣に荒らされ、その腹いせに神様に腐ったものをお供えしてしまいました。 神様が人を呪うようになったのは、それからだそうです。
人を狂わせていく神様に困った人たちは、 村に修験者達を招き、神様を鎮める事をお願いしました。

しかし、神様の怨念は強く修験者たちには手に負えませんでした。
そこで修験者たちは、その神様をある家に閉じ込め、そこから出られなくするよう結界を貼ったそうです。
その家は、神様に腐った食べ物を捧げた村人の家でした。

そして神様は現在に至るまでその家に閉じ込められているのだそうです。 
それがおじいちゃんの家だということです。